製本完成

午後から高円寺で入管法改悪反対デモがあり、中継視聴で参加した。あいにくの雨、しかもけっこうしっかりした雨になってしまったが、どの方のスピーチも力がこもっていた。雨で用意した原稿が読めなくなってしまっても、原稿がないからこそかもしれない、熱を帯びていた。そりゃ熱くもなる。だって人の命がかかってるんだから。その様子を見て、中継動画のチャットで「まあまあ落ち着いて」みたいな書き込みをした人が目に入ってしまったが、この状況で「まあまあ」といえるその特権性をよくふりかえってみろやと思う。

ただ、その手の書き込みはまだましで、「公園の近隣住民の迷惑を考えろ。住民の人権は無視するのか」みたいな書き込みには、リアルにうなだれてしまうがうなだれている場合ではない。どうせ読まれないだろうと思ったが、屋内で動画を見ている人間にできることはしておくべきかと思い、反論した。自己満足かもしれないが。
すると、「その手の輩は放っておいて、スピーチをちゃんと聞きましょうよ」という人が出てきた。一理はある。問題の本筋から外れることでチャットを流すなという意図もあったのかもしれない。確かにこれが、聞きかじった手持ちの言葉で揶揄しに来た輩だとしたら、相手をすることが報酬になってしまうかもしれない。

でも、この、「人権とは」というところから教育が足りていないという問題は、入管法というか外国人差別に通じる問題の根源の一つでもあるし、放っておいてはいけないのではないかという思いもある。もっとも、チャットの応酬でそれを変えられるとはもちろん思わないが。

有志の方がつくられたこのうちわ型プラカード、とても好きだな。デモには3500人が参加されたそうだ。いよいよ連休も終わる。入管法改定案の衆院本会議可決、そして参議院での審議と、法案の審議がまた始まってしまう。


仕事するテンションでもなく、時間の猶予もあったことから、部屋の片付けをした。フェルト用に備えたはずのテーブルがすっかり物置きとなってしまい、数カ月にわたって書類や文房具などの山をがっつり築き上げてしまっていた。生活上不便でもあったし、何より気分の上で不快だった。その山を崩し、分け、捨てるものは捨て、保存するものをしまう。一山崩しただけで数時間かかった。

その山を崩した勢いそのままに、保管してあった日記ZINEを製本することにした。
先日印刷した日記ZINEは、その後もバッグに入れたままにしていた。仕事や入管法のことでいっぱいいっぱいになっていて「表紙どうするか問題」を解決できていなかったこともある。でもそれよりも、印刷までして盛り上がった熱が一旦落ち着いてしまって、人目にふれさせることに気後れしてしまったのが大きい。勢いと締め切り設定はつくづく大事だ。

そういう状態のものやことを取り出すのが私は本当に本当に苦手なので、勢いで着手することにした。昨日チョカとオリジナルノートをつくる遊びをしたことが、製本作業のリハーサルのようになったことも勢いを後押しした。あの作業、すごく楽しいのだ。
書類をファイリングし、本をしまい、その流れのままにバッグを開け、印刷した紙を取り出す。いろいろ考えそうになる部分に麻酔をかけるようにして、流れ作業のように手を動かしてとりかかる。

A3の紙を折り、色つきホチキスで綴じ、三方裁ち。いいじゃんこれ〜〜〜。めっちゃいい。
まずサイズ感がいい。紙の感触もいい。色もかわいい。リソグラフの印刷に不慣れで、版面がずれずれとかノンブル切れてるとか修正が必要なところは多い。内容もなんてことない。ほんと、なんてことないA6判のらくがき帳みたいな冊子。だけど私は好きだよ、これ。
——そうなれたので(まずそこが大事だと思ってたので)、大成功といってもいいと思う。ほくほくした。

別用紙の表紙はつけなかったが、中扉があり、それが表紙みたいになっている。ただし、表紙のタイトルが決まっていなかったので、そこが空欄になっている。そこを決めて、手書きで書き入れるかスタンプ押すかして、何らかのかたちで頒布しよう。これは、「ここに生きてる一人がいます」のランプを灯す行為なんだ。

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