私の好きなラジオ番組「東京ポッド許可局」に出演しているプチ鹿島さんが毎年警鐘を鳴らす言葉、「8月過ぎたらもう大晦日」。
今はほとんど聞かなくなってしまったが、かつて私の生きる気力を支えてくれた「バナナマンのバナナムーンGOLD」でも、「(彼らが毎年8月に開催している)ライブが終わったらもう年末」とよく言っていた。
年を経れば経るほど、そのことが実感として迫ってくる。
「ああ、もう8月かあ」と思ったころには、こんなにあっという間に8月が終わってしまうとは思ってもみなかった。
私の8月は溶けた。政治への怒りに。「お前なんか死んでもいいんだよ」と言われ続けるような日々への疲れに。
毎日、椅子から立ち上がる気力も作り出せず、せっかく続けていた絵の練習も中断してしまった。
遺書というかもろもろの引き継ぎ書類は作っておくべきだろうと強く考えるに至ったが、その書類を書きはじめる気力などわくわけもなかった。
ワクチン接種はもはや諦めつつある(もしかして自分が生存するルートがあった場合には、海外脱出できる可能性を残すためにいずれはしておきたい、というぐらいの未練はある)。
楽しみにしていた原画展も断念した。
長時間電車に(特に地下鉄に)乗ることにはふみ出せない。
平日の下り列車ならあるいはと望みをかけていた別の展示は、美術館自体が休館になってしまった。
自分が命を落とすことがあってももうしょうがないなと思っている。苦しむのはつらいが、今ならまだ布団の上で逝けるというのはどこか安心でもある。
ただ、そう考える自分自身と親の苦しみは全然違うものであって、自分がそういう状態になったときに親に子供(私)の命を諦めてもらうのがしんどいなというのはある。
そういうようなことを毎日頭のなかでぐるぐる黒いバターにしながら、市長選の行く末を眺めながら過ごしていた8月だった。
とはいえ、身体的にはまだ無事であり、このまま仕事がない状態が続けば貧困による死が先にやってきてしまうので、とにかく何かして椅子から立たなければとやっと思えたのは、市長選の前だったか後だったか。
今日は家の掃除をした。
「仕事がなくてせっかく時間があるなら掃除しておこう」と「仕事がないのにそんなことしている場合か」がせめぎあって、長いこと掃除できていなかった。でも、そこで掃除しなかったからといって、有意義なことができていたわけでは当然ない。そこまで含めて、我ながらもうげんなりだったので、何も考えずに掃除をすることにした。
物をおおかたどかして、舞う埃にじゃれる猫をどかして、全部拭いて、乾かして、元に戻す。ついでに、へたっていたラグも替えた。
掃除が終わったあと、手伝ってくれた母がビールでも飲もうかといい、1缶を半分ずつ飲んだ。
そうして一息ついたあとの爽快感ったらなかった。掃除が好きになりそうだった。
この爽快感は、身体を動かしたのと、懸念事項を解消したことによるものだろう。身体を動かしたことで、久しぶりにやる気の気配も見えてきた。
私はもともとろくに運動もせず、外にもあまり出るほうではなかったけれど、この状況で散歩すらままならないというのはこういう悪影響もあるのだな。
少し前から外出を極限まで控える生活をしていて、自転車すら疲れるようになってきたことも気になっていた。明日からはちょっとでもスクワットでもやっておこう。そうして今度気が滅入ったら、とにかく掃除をしよう。