仕事を完成させ、納品。本件に関する評価は原稿確認後としつつ、とりいそぎ次の案件のお声がけをいただけたのはありがたかった。
そういえば、3月上旬にお預かりする予定になっていた校正の原稿、まだ連絡がきてない。
連絡がきていないということはおそらく原稿ができていないのだろうけど、念のため状況を確認して、もし予定がずれるならその分、別の仕事を前に入れるか、ほかの所用を前倒ししないといけない。ゆるっとした状況おうかがいのメールを出す。
Mastodonで、個人サイト開設20周年を迎えたという方をおみかけした。
個人サイト、日記もそうだけど、積み重ねていくことのすごさと、積み重ねていったときの(自分にとっての)貴重性のすごさを、近年ようやくちゃんと実感できるようになった感じがある。
年齢によるところも大きいし、社会情勢がもたらす危機感が圧力となって実感させられている部分もある。
自分も、インターネットの海に流れていった断片たちをちゃんとかきあつめて陸にあげておけばよかったなと思う。
私も、これから20年楽しめるかわからないけど、自分の壁打ちサイトを育てていこうと思った。
最近の食事の時間は、「賢い医師生活」を見ている。
「ドラマを見るぞ」「映画を見るぞ」と画面に向かう時間のゆとりと、新しい作品や字幕にじっくり向き合う精神的ゆとりが、今の私にはなく、最近は新しい作品を見ることが全然できていない。
食事のときだけ、何回も何回も見た「安心して見られる作品」を流している。たいていは韓国ドラマ。韓国ドラマは1話が1時間以上のものも多くて、見続けてしまうと休憩時間がえらい長くなってしまう。そこだけは要注意だ。
この日はひなまつりであり、耳の日。
チョカが生まれたときは、私は何も考えずひな人形をかわいいと思い、どれをプレゼントしたいかと考えていた。
去年のこの日に自分がどう感じていたのか、あんまり覚えてない。
けど、今年は明確に、ひな人形を無邪気に喜ぶことができない自分を自覚した。遅いけど。母がひなまつりと騒いでいるのもしんどく感じる。いずれも、その根底に流れている規範に抵抗を感じるという話。
総務省の文書の話もなかなかに最悪だなあ……と思いながら、溜め込んでいた仕事の記録やレシートの記帳をするなどした。
総務省が放送法の「政治的公平」を巡る文書を公開 何が問題となっているのか
(東京新聞、2023年3月7日 18時46分)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/235134
高市早苗氏は総務省の内部文書を「捏造」と断言 その根拠は? 立証責任は追及側にあるのか?
(2023年3月7日 20時36分、東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/235193
(3月3日の日記を、3月9日に記述したもの。なので、3月4日以降の報道記事へのリンクがあります)